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静岡家庭裁判所浜松支部 昭和52年(少イ)3号 判決

被告人 戸塚清

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五二年六月一日、満一八歳に満たない児童であるA子(昭和三五年一二月七日生)が被告人の運転するタクシーに客として乗車したことから同女と知り合い、同月二日以降同女と数回情交関係をもち親密な間柄となつたが、同女に売春させようと企て、同女が未だ満一八歳に満たない者であることを知りながら、同月二八日△△市内において、同女に対し、「今晩七時に新幹線○○駅待合室にくるよう」要求し、同女が断わると、「こなければだめだ。」、「お父さんとお母さんをやつてもいいのか。」などと申向け、同女に被告人と情交関係をもつていることから、その要求に応じざるを得ないと判断させてその旨約束させ、同日夜右待合室に赴いた同女を被告人運転の乗用車に乗車させ、○○市から××市に向う車内において、同女に対し、「今夜お爺さんを連れてくるが関係して三万円もらえ」と要求し、同女から「知らない人と関係するのはいやだ」と拒否されるや、「お父さんとお母さんに今迄のことをばらしてもいいのか」と申向け、もつて同女を困惑させて売春することを承諾させ、よつて同日午後九時ころ、××市○○○××××番地ホテル「○○」(経営者○○○○)において、不特定の客であるB(当五四歳)を相手方とし、同人に売春の対償として右ホテル代六、〇〇〇円を支払わしめたほか、三万円を支払わしめる約束のもとに売春させ、もつて児童に淫行させたものである。

(証拠の標目)(編略)

(訴因に対する判断)

本件公訴事実は、

「被告人は、かねてから情交関係のあつた満一八歳に満たない児童であるA子(昭和三五年一二月七日生)に売春させようと企て、同女が未だ満一八歳に満たないものであることを知りながら、昭和五二年六月二八日○○市から××市に向う被告人運転の自動車内で、同女に「今晩お爺さんを連れて来るで関係して三万円もらえ」といい、同女に拒否されるや、「そんならお父さんとお母さんをやつてもいいか」「今までのことをお父さんやお母さんにばらすぞ」と申し向けて脅迫し、同女を畏怖させ、よつて同日午後九時ころ、××市○○○××××番地ホテル「○○」(経営者○○○○)において、不特定の客であるB(当五四歳)を相手方とし、同人に売春の対償として右ホテル代六、〇〇〇円を支払わしめたほか、同対償として三万円支払わしめる約束のもとに売春させ、もつて児童に淫行させたものである。」というものである。

被告人は右公訴事実のうち、被告人とA子と情交関係があつたこと、被告人が同女にBを引き合わせ、関係する意思の有無を確かめたことは認め、そのほかの事実は、捜査段階から一貫して否認しているが、右事実のうち、児童福祉法第三四条第一項第六号違反の点は、前記証拠の標目摘示の各証拠によつてこれを認めるに充分である。しかし、売春防止法第七条第二項違反の点については、同罪の成立には、人を畏怖させるに足りる害悪の告知をして売春させることを要するところ、証人A子の供述によれば、被告人は前記認定のとおり、A子に対し、新幹線○○駅待合室にくるよう要求した際、「こなければだめだ。」、「お父さんやお母さんをやつてもいいのか」と申向けたことが認められるが、右文言はそれ自体から同女の両親に対し何をなそうとするのか明らかでなく、また同女自身格別差迫つた危険を感ずることなくいわば被告人の言葉を半信半疑で聞きながら結局右要求を承諾したものと理解すべき証言をしており、さらに右証言によれば、同女は被告人から売春を要求された際、両名の関係を両親にばらす旨申向けられ、両親に知れたらまずいと考え困惑し結局売春を承諾したことが認められるが、右証言に証拠の標目摘示の各証拠を総合すると、同女のその後の言動に鑑み、同女が被告人の言葉に畏怖感をもつて性交行為をなしたとまでは認めることができない。従つて、被告人の右行為は、売春防止法第七条第一項にいわゆる「人を困惑させた」行為に該当することは明らかであるが、同条第二項にいわゆる「人を脅迫した」行為とは認めることができない。

そして、証人Bの証言中には、同人がホテル代として被告人に交付の六、〇〇〇円については返してもらうべき金である旨、また売春の対償としての三万円支払の約束については、はつきりした約束をしなかつた旨の供述も存するが、右証言を詳細に検討すれば、その真意は、六、〇〇〇円は売春の御礼として渡したもので後日被告人に請求する意思は全くなかつたこと、三万円を支払うことは確約したが何時どこで支払うかまで確約していなかつたという趣旨であることが明らかであつて、右証言に証人A子の証言および証拠の標目摘示の各証拠を総合すれば、同女はBを不特定の客とし対償を受け、かつ受ける約束で性交したことが認められるから、被告人の右行為は売春防止法第七条第一項にいわゆる「人を困惑させて売春させた」行為に該当する。

なお本件公訴事実中、右売春防止法第七条第二項違反の点を右同法第七条第一項違反と認定するについては、同一の事実関係のもとで、法律的評価を異にしたにすぎず、被告人の防禦に実質的不利益をもたらすものではないから、訴因変更の手続を要しないというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為中児童福祉法違反の点は児童福祉法第三四条第一項第六号、第六〇条第一項に、売春防止法違反の点は売春防止法第七条第一項に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により重い児童福祉法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、刑法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔)

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